毎朝の大事な時間

涼しい6月も過ぎ、すっきりした夏空があまり見えないままいつの間にか7月も半ばとなりました。

幼稚園のほうはもう1学期が終わろうとしています。なんというかあっという間だ。子供たち自身は長く楽しい日々を過ごしているのだろうけど、大人からするとあっという間だ・・・。

5月以降は、毎朝子供たちの朝ご飯を用意し、支度をして、車に乗せ、幼稚園まで送る生活をしています。実際幼稚園生活が始まったら大変なんだろうなあと思っていましたが、毎朝子供たちと触れ合える時間というのは想像以上に楽しく大切なものに感じます。昨年度までは朝早く家を出て、子供たちと触れ合えるのは寝るまでのわずか1時間程度だったので。車を運転しながら上の子とたわいもない会話をしながら走る5分程度の時間もとても楽しく感じる。2人とも幼稚園は大好きなようで、毎日楽しく今日のできごとを話してくれるのもうれしい。

さて、これから暑くなりそうですが、子供たちと楽しい夏にしたいねえ。

真空式パイプクリーナーの実力

先日、台所の排水溝が詰まってしまいました。ネットを変えてもダメで、パイプの奥のほうで何か詰まっているらしい。そこで、パイプユニッシュを流してみたのですが、そのときはちょっとましになったかな、と思ったらその数時間後に水がさらに流れなくなってしまいました。

パイプユニッシュで汚れやぬめりが剥がれ落ちて、それがまたどこかで詰まってしまったようです。よくある話みたい。

さあどうしようと調べて、業者を呼ぶ前に真空式パイプクリーナーというやつがあるらしく、翌朝早くにビバホームへ車を走らせて買ってきました。

これはトイレ用のラバーカップ(すっぽん)よりもっと強力で、ハンドルを引くことで強い真空状態を作り出して詰まりを一気に流してしまうのだとか。

そこで、詰まった排水溝に水を満たし、ゴムを密着させて一度ぐっとハンドルを引きました。すると・・・その1回で、満たされていた水がゴゴゴっと流れていくではありませんか。一瞬でつまりが解消されてしまった。これ、すごい!

ということで1980円で買った真空式パイプクリーナーのおかげで、呼んだら1万くらいかかりそうな業者を呼ばずに済み、今後もパイプユニッシュなんかも要らなくなりそうです。とても良い買い物をした。

初夏 別れ

母方の祖父が亡くなったので名古屋へ帰って葬儀に出てきました。

家族葬なのでひっそりと、しめやかに執り行われました。ただ小さい村ということもあって、村長さんが焼香にきたのは驚いた・・・。

92歳の祖父はよく食べるし声もでかいし、ずっと元気だったんですが、10年ほど前から前立腺がんを患っていたらしいです(全然知らなかったんだけど)。ただ当時はそれほどひどい状態でもなかったようで、積極的な治療はほとんどしていなかったと。実際前立腺がんは進行が遅いので、治療しないで経過観察することは多いようですね。ただし定期検査とかでちゃんとコントロールしてたのかどうかは怪しい。

3月頃にほとんど歩けなくなり(骨転移のせい?)、5月には転倒した影響でほとんど動けなくなってしまい、20日に入院して、検査したらもうがんは全身に転移していて、わずか1週間後には緩和ケア棟に移り、その翌日には亡くなってしまいました。

ただ80代前半でがんが見つかってから10年も、ほかの病気もなく元気に過ごせたのは凄い。治療しなかったのは正解だったのかも。この歳になると治療どころか検査なんかでも負担が大きいからね。

さてこの祖父、なかなかにやりたい放題でむちゃくちゃな人でした。孫の自分から見ると、派手で破天荒で言動も面白いじいちゃんだったのですが、60年以上付き合わされたばあちゃんと子供たちは大変な思いをしていました。近所の人たちから見ても、いつも怒鳴ってる困った爺さんという扱いだったみたいで。ばあちゃんも虐げられていたし最後まで喧嘩ばかりしていましたが、それでも出棺のときは「ずっと一緒だったからねえ・・・」と泣いていました。60年以上喧嘩してても、別れの時は寂しいものなんだなあ。

そんな大変な爺さんでしたが、自分は最後まで好きでした。子供たち(ひ孫)を会わせられるまで元気でいてくれてありがとう。

はじまりの春

さーて気づいたらすっかり春です。

以前書いた通り、この春、うちの子供2人もそれぞれ幼稚園・保育園に入園しました。

娘は表出性言語障害と診断されてから約半年。普通の幼稚園行けるんだろうかという心配もよそに、本人は急激な成長を見せ、単語が2語文になり、3語文になり、文章になり・・・1月には「聞かれたら答える」程度だったおしゃべりも、今は自分から「ねえママ!」「パパあそぼ!」と声掛けもするし依頼もするし質問もしまくるようになりました。先日散歩に行ったとき、よその家から犬の鳴き声が聞こえてきて、「犬もおさんぽしたいのかな?」という発言が出てびっくりしました。そんなインテリジェントなこと言えるようになったのか!

ともあれ2人とも幼稚園と保育園に無事行き始めました。今はまだ慣らし中で9:00~13:40ですが、娘は今日はあれをしたこれを食べたと、楽しそうに毎日報告してくれて、結構楽しんでいるようです。息子は楽しいのかどうかわからないけど、最初のうちは泣いていたのに今はすっと教室に行くようになりました。昼寝もすっと寝付くそうで、さすが下の子は度胸がある・・って感じか。

まず5月からは8:15~15:30に伸びる予定です。最後は終わりが17:30まで延びますが大丈夫かな・・・。

嫁さんも今週から仕事復帰して、社会人感覚を取り戻すまでは結構大変だと思います。

けどひとまずこの春の新生活、我が家は良いスタートを切ったといえそうです。

手術ふたたび

頭のコブの手術、2度目。今回の治療…というかこれまでの治療の総決算です。本当は1月末にやる予定だったんですが、そのタイミングで風邪をひいてしまったので3月中旬まで延びていたのです。

さて、これまでの経緯を時系列でまとめてみます。

  • 2001年 自転車で転倒し左頭部にケガをする。(これが関係しているかは不明)
  • 2004年 頭部から謎の出血があり、その頃に左前頭部にコブがあることに気づく。
  • 2007年 初めて脳外科に行きCTスキャンするも、よく分からず。深刻なものではないと言われる。以下当時の日記。

ちょっと最近頭部に違和感を感じまして、今日は朝から脳外科に行ってきました。(中略)
そしたら骨腫瘍の疑いがあるとか何とかで、CTスキャン検査室に回されました。例の、体を輪切りにした写真が撮れるやつです。(中略)
検査結果はかなりドキドキしながら聞いてたんですが、結論から言うと脳にも骨にも何の異常もないとのこと(骨腫瘍ですらなかった)。お騒がせしました。

  • 2008年 たまに出血する。冬場はやけに痒くなる。
  • 2010年 脳神経外科に行ってみるが静脈瘤との診断(結果的にはこれは誤診で、もう少し厄介なものだった)。
  • 2016年 少しずつ大きくなっているので、いい加減なんとかしたいと思い大きめの市民病院へ。その後、戸田中央病院で診てもらう。そこからさらに順天堂医院に紹介される。造影MRIの結果、動静脈瘤と診断。経過観察となる。以下当時の日記。
ずーっと前からある頭部(表面)の血管異常を診てもらいに行ったのです。戸田中央総合病院からの紹介状による「転送」。いろいろ検査した結論は経過観察でしたが・・・。ここまできてそう言われちゃ、どこ行っても同じだな。
  • 2019年 脳神経外科での少し踏み込んだ検査を提案されるがやめる。
  • 2024年 徐々に大きくなってきた。怪我した際に大出血のリスクがあること、若いうちの手術のほうが有利であることから、2~3年以内の手術を勧められる。
  • 2025年 さらに大きくなっており、たまに拍動や痛みも出始める。家族の勧めもあり、手術をすることに決める。11月、血管カテーテルで精密検査。12月、摘出の前処置としてカテーテル手術で塞栓。
  • 2026年 3月、動静脈瘤を摘出手術。

今回は2度目の手術で、全身麻酔も年末に経験済みなのでそこまで不安はなかったのですが、やはりそのときになると緊張しました。前回はカテーテルなので手術というより処置でしたが、今回は正真正銘のメスを入れる手術だし。

手術室なんて生まれて初めて入ったけど、順天堂の手術室はやっぱ凄い。フロア全体が手術フロアになっていて、受付もあって、その中には無数の手術室が。部屋もめちゃくちゃ広い。

さて、麻酔から覚めて、1時間くらい眠った感覚だったんですが、実際は4時間以上経っていました。手術も当初予定2時間程度だったのが3時間くらいやっていたようです。動静脈瑠が思ったより癒着してたらしいので。術後は、今回は息苦しさはほぼなかったんですが、麻酔の量が前より多かったせいか吐き気が結構あったのと、切ったところのズキズキした痛みが結構きつかった。それも点滴で薬と痛み止めを入れてもらったので、夜はそんなに辛くなかったけど、侵襲熱(術後はよく出るらしい)が38度くらい出ていて妙に体が熱くて、まあそんなに眠れなかったですね。

夕方~夜の手術だったんですが、今回は翌朝の回診後は動いてOKになり、朝食から食べられました。1日絶食の後のメシのうまいこと・・・。おかげで前回より体の回復が早かった気がします。手術の翌日の病院ライフはあまりに気楽でした。

退院日は快晴で春の陽気。ああ春っていいなあ・・・と生きる喜びを感じたのでした。そのあとの家族との再会も嬉しすぎましたね。

あとは2週間後に抜糸です。先延ばしにし続けていた20年来の悩み(というほどでもないが)の根治がようやく見えてきました。

ダブル入園の春へ

花も実も楽しめる!庭木としての梅の魅力 | 越谷でカッコイイ家を、つくろう。

寒さも和らいできてそろそろ春が近いですね。

さてうちの子供たちはこの春はついに幼稚園&保育園へ入園です。

上の子(3歳児)の保活は定員もあって極めて厳しく、これはどこも入れないかもなあという懸念もあったため、幼稚園の併願も検討していました。市内にいくつも幼稚園はありますが、当時は言語障害でほぼ発語なしという状況もあり、断られた幼稚園もいくつか。その結果、断られず、かつ家からも近く通いやすそうな幼稚園を2つ、入園手続きをしておきました。なぜ2つかというと、下の子(1歳児)も同時に保育園に入れるため、1歳児が内定した保育園に近いところを選ぼうという魂胆でした。まあ、2つの幼稚園のうち1つは、通わない可能性もあると伝えたら内定保留になっておりましたが・・・。

そして2月上旬、運命の保育園の通知が。もう朝からそわそわしてました。昼頃封筒が届き、嫁さんと2人で開封の儀・・・・。緊張の一瞬。下の子の通知を先に見たのですが、なんと!! 第一希望が通り、上の子の幼稚園の内定しているのほうと併設の保育園でした。この瞬間、2人が同じ園(幼稚園と保育園ですが)に通えることが決定。もう狂喜乱舞でした。考えうる最高の結果と言ってもいい。ちなみに上の子の保育園も第10希望に通りましたが・・・まあ2人の通う園は揃ってくれたほうが絶対にありがたいので、こちらは辞退することにしました。

そして本日幼稚園と保育園の説明会でした。やはり幼稚園(1号認定)は専業主婦であることが前提のようで、慣らし保育も長いし、長期休暇もあるし、たびたび午前保育もあるしね。いろいろ大変なこともあるでしょう。親の生活リズムもガラッと変わるしね(4年ぶりに職場復帰する嫁さんが一番大変)。しかし上の子の言葉もぐんぐん発達してるし、トイトレも終盤に差し掛かっているし、不安要素は減ってきたし希望ももりだくさん。

この春は子供たちも自立への最初の一歩。ふたりがどれくらい成長していくか楽しみです。

子供の成長

うちには可愛い可愛い2人の子供がいます。

実は上の子、娘は発達がゆっくりで、3歳になりますがいまだにおしゃべりがあまりできません。病院で診てもらったところ表出性言語障害と診断されたので、昨年秋から保育型の療育施設に通っています。4月からは保育園or幼稚園に通うので、その準備活動も兼ねて通わせています。

その療育施設は、直接言語聴覚士の指導を受けられるわけではなく、やっていることは普通の保育園とあまり変わらないように見えます。ただ、毎日保育士さん1人あたり2人の子どもを担当していて、きめ細やかに見てくれます。いろいろ発達を促すプログラムもあるようです。

最初は、これで言葉が発達するんだろうか?と思っていたんですが、療育に通い始めたタイミングから「これは何?」ときくと名詞をなんとなくいうようになり、年末年始からはひとりで歌を歌うようになり、最近は発音もかなりよくなってきて、かなり急速な成長が見られます。

これがまた嬉しい。毎日新しいことができていく感じで、世の親御さんたちはこれをもう1~2年早く経験しているのかもしれないけど、ようやくうちでも子供がおしゃべりをするという喜びを感じられるようになったのでした。

といってもまだ言葉に関しては「聞くと答える」という感じで、自分から進んで話しかけるとか、お願いするとか、挨拶するとか、そこまでにはなっていません。2語文もたまにしか出ないし。けどここ数カ月の発達はこれまでからは考えられないくらいの目覚ましいものなので、これからどんなふうにしゃべっていくようになるのか、娘の成長を楽しみに見守ろうと思います。